それは関東大震災の大きな傷痕から生まれたものでした
1923年(大正12年)におきた未曾有の大震災は
近代化に向けて着々と進んでいた日本の
帝都東京を直撃し、
死亡・行方不明者数10万人強を数え
全壊・全焼は32万棟にも達しました
住む家を無くした大量の被災者のために
短期の救済措置として仮設住宅が建てられ
ましたが、経済・治安の低下は避けられません

写真は靖国神社内に建てられた仮設住宅
災害に耐えられる構造の新たな居住空間
それは大急ぎで必要なことでした
そのため国策として関東大震災の翌年1924年に
国内外の義捐金を活用して生み出された団体が
「財団法人同潤会」です
同潤会アパートの建設と共に帝都復興は進み、
日本のマンション群は近代化の象徴にもなりました
災い転じて福となす。というには辛い被害でしたが
ただ目の前の生活の救済を行っただけではなく、
その後数十年にわたる生活を視野においた
復興計画がなければ日本の近代化はなかったかもしれません
今年3月の東日本大震災でも多くの被災者が
生まれ出でてしまいました
仮設住宅をはじめ対応に追われている報道が
耳にはいります
仮設住宅に入る側、用意する側、それを報道する側
それぞれの立場がありますが、
「復興」についてというよりも諸手続レベルでの
思惑についてのトラブルが多いようです
被災者間、被災者と行政、国政での与党と野党
各立場もわかりますが「目的」は見失わないで
欲しいと希望します
関東大震災では「帝都復興院」が設置され
復興計画が検討されていましたが、議会内での
対立等から計画が大幅に縮小されてしまいました
その結果「災害時に延焼を防ぐ」ための目的が失せ
土地、道路、緑地の計画が意味をなくしてしまい
大戦時の大空襲で炎上被害を大きくするという
結果を出してしまいました
そのようなことが今後ないように
今の救済だけではなく「復興する」こと忘れず
被災地の生活と今後を見据えて支援を続けます




